マンション共用部分の欠陥に関する区分所有法改正の問題

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区分所有法改正の背景~「マンションの2つの老い」

(1) 社会問題となっている「マンションの2つの老い」

区分所有マンション(分譲マンション)では『2つの老い』が問題になっています。
1つに、「建物の老朽化」、もう1つに「居住者の高齢化」です。
そこで、マンションの管理・再生の円滑化・適正化を図るべく、今般、約20年ぶりに区分所有法の改正法案が今国会に提出されました。

(2) マンション共用部分の欠陥に関する損害賠償請求の円滑化

区分所有法の改正法案については種々の意見があるでしょうが、私たちが問題だと考えるのは「共用部分の欠陥に関する損害賠償請求の円滑化」のために提案されているはずの区分所有法26条の改正案です。

問題の全体像

(1) 平成14年に改正された現行の区分所有法

マンションには、「専有部分」と「共用部分」があります。
専有部分」というのは、各区分所有者の個人の部屋です。
共用部分」というのは、骨組や外壁、屋上などで、全区分所有者の共有になります(法11条1項)。
区分所有権とは、専有部分を所有する権利のことであり(法2条1項)、共用部分に対する共有持分は含まれません。

例えば、共用部分である外壁タイルに浮きや剥がれという欠陥が生じた場合、現在の区分所有法26条2項では「管理者は、その職務に関し、区分所有者を代理する」と定められており、管理者が区分所有者を代理して原告となって、損害賠償を請求できる仕組みになっています。
区分所有者一人一人が原告になるよりも、管理者がまとめて「一元的に」請求し、受け取れるようにした方が、マンションの管理に役立つと考えられたからです。

(2) 東京地裁平成28年7月29日判決

ところが、この条文の解釈をめぐって、平成28年に東京地裁でとんでもない判決が出ました。
この判決は、分譲業者から最初に買った人が他に転売していた場合、分譲業者に対する損害賠償請求権は最初の持ち主に帰属しているから別途、請求権を譲り受ける「債権譲渡」の手続ができていなければ、管理者は原告になれない、として訴えを却下してしまったのです。
具体的には、転売されていた9戸のうち2戸が債権譲渡を受けられなかったのです。

(3) 今回の改正法案の概要

これでは「管理者」が原告になれるという、せっかくの制度が使い物になりません。
そこで、今回の改正案は、26条2項を改正し、管理者は「区分所有者又は区分所有者であった者」を代理できるものとしました。

しかし、「別段の意思表示をした区分所有者であった者を除く」、つまり旧区分所有者が「自分で請求したい」と「別段の意思表示」をした場合は例外にしたのです。
また、旧区分所有者を代理する時は、旧区分所有者に対する通知を要求しています。

(4) 改正法案による不都合な結論

この改正案では、欠陥の補修費用の100%の損害賠償請求をすることができないので、マンションの欠陥を完全に直すことができません。
なぜなら、旧区分所有者が「別段の意思表示」をすれば、その人の分の損害賠償請求をすることができないからです。
しかも、仮に「別段の意思表示」がなくとも、得られた損害賠償金について旧区分所有者から「自分によこせ」と請求されれば拒むことができません。
通知をすれば、多くの旧区分所有者は「自分によこせ」と言い出すでしょう。

では、どこに問題があるのでしょう。
それは今回の改正案が、区分所有という特別な共有関係に、古くからの民法の考え方をそのまま当てはめてしまったからなのです。

改正法案の問題点


(1) 民法の「共有」とマンション共用部分の「共有」は別物

改正法案が念頭に置いているのは、「民法の共有」の考え方です。
「民法の共有」は、数人でケーキを買った時のような共有です。この場合には、みんなで分け合うという「分割」を前提に考えられています。
しかし、マンションの共用部分は、「分割」など想定しておらず、長く「継続」してゆくことを前提にしている「特別な共有」なのです。

(2) 区分所有法の根本的な考え方

そのため、区分所有法は、共用部分に対する共有持分について、次のような規定を置いています。

①専有部分が転売されれば、共有持分もそれに伴って移転します(法15条1項:随伴性)、
②専有部分と切り離して共有持分を処分することはできません(法15条2項:分離処分の禁止)。
③共用部分の共有持分は、分割を請求することはできません(通説:分割請求の禁止)。

共用部分に欠陥があった場合の補修に代わる損害賠償請求権は、欠陥で損なわれた共用部分を元通り回復するための請求権です。
したがって、その損害賠償請求権は、共用部分の価値が姿を変えたものであり、共用部分と同様に「特別な共有」の性質を持っています。

(3) 改正法案の考え方は根本的に誤り

以上から、改正法案がいかに間違っているか、おわかりいただけると思います。

区分所有権を売って出て行った人が共用部分の損害賠償請求権を持ち続けられる、などという考え方は、共用部分の持分を分離して持ち出すことと同じですので、区分所有法の根本原則である随伴性、分離処分の禁止に反します。
「自分の持分だけ請求する」などという「別段の意思表示」は、分割請求と同じことになります。

改正法案は、「区分所有法が民法の特別法」だということを忘れて、ケーキのように割ることができると勘違いしているのです。
本来、区分所有権が転売されれば、損害賠償請求権も当然に一緒に移っていくことになるはずです。
私達は、このような当然承継があるべき姿だと訴えているのです。

国交省追加配布資料に対する反論

私たち欠陥住宅全国ネットが2024年12月12日に衆議院第二議員会館で開催した院内集会において、この当然承継説を主張したところ、国交省は、当然承継説に対する反論資料を国会議員の先生方に追加して配布しました。
その配布資料をP4~P6の上半分に貼り付けて、逐一再反論しておきました。


P4では、上のオレンジ色のラインで囲った【国交省配付資料1頁】に赤字の※1~3を付記し、それぞれに反論を記載しました。

例えば、※3で「地裁例のような事象は解消」とありますが、実際には解消しません。
東京地裁の事件では2人の旧区分所有者から請求権を譲り受けることができなかったのですが、①その内1人は「自分で請求する」という「別段の意思表示」をしました。
②もう1人は所在がわからず、連絡が取れませんでした。改正案が定めている通知も届かない状態だったということです。

また、P5も同様に【国交省配付資料2頁】に※1~4を付記して、反論を記載しました。

例えば、※2で「当然承継は、元区分所有者の財産権(憲法29条)を侵害するおそれ」とありますが、そんなことはありません。
おそらく転売の際に欠陥のせいで値段が下がったという損害について賠償請求ができなくなることを指すものと思いますが、このような損害が発生した場合には、別に転売の当事者間で利益調整すべきであって、共用部分の損害賠償請求権を旧区分所有者が持ち続ける理由になりません。
むしろ、完全な補修が実現できないことは、現在の区分所有者全員の財産権の侵害になりますし、近隣住民等の生命・身体等をも侵害する危険があります。

この問題に関しては、P3の資料で詳しく説明しておきました。

転売価格の低下の問題は、損害賠償請求権が誰に帰属するかとは全く別の問題であり、切り離して考えるべきだということをP3で詳しく反論しておきました。

法制審では欠陥のせいで転売価格が下がった場合が問題にされましたが、それでは欠陥発覚前に通常の市場価格で転売した場合はどうなるのでしょうか。
3項中央の図のように、瑕疵を前提としない市場価格(4500万円)で転売した場合、大阪高裁平成31年判決は「売主には損害がないから損害賠償請求権を失う」という判断を示しました。
このような場合、改正法案によると、管理者は一体誰を代理すればよいのでしょうか。
債権譲渡を受けたくとも、この大阪高裁判決によると原始区分所有者には譲渡すべき請求権がありません。
その後、瑕疵発覚後に転売で損害を蒙った元区分所有者を代理するとすれば、もはや買主たる地位の当然承継を認めたことになるはずです。
売買金額によって損害賠償請求権が移転したり移転しなかったりするということになれば、何度も転売された場合、大きな混乱が生じます。

私が現に担当した事件では、29棟654戸のマンションの共用部分の欠陥について訴訟になりましたが、欠陥施工の時から訴訟提起までに25%の所有権が移転しました。
訴訟中の約4年間に、さらに15%程度の所有権が移転しました。
このうち、どれについて請求権が移転してどれについて移転しないとか、あるいは一部だけ移転する等ということを一々判断しなければならないとしたら、マンション訴訟は、その問題を判断するだけでも大変な時間と労力を費やすことになります。

これに対し、当然承継であれば、転売価格の有無や欠陥発覚の前後等考えることなく、一律に現在の区分所有者だけが請求権を持つので、極めてシンプルです。

P6に貼り付けた【国交省配布資料3頁】では、当然承継説の懸念を解消するための実務的な対応として、管理規約の改正を提案しています。

しかし、国交省がいくら標準管理規約を改訂しても、法律とちがって拘束力がないので、全国に数万棟以上あるマンションで管理規約が改正されると限りません(*1)。
また、たとえ管理規約を改正しても、その規約の効力は改正前に転売してしまった元区分所有者には及びません(*2)。
つまり、今まさに存在しているマンションの欠陥被害の問題は何も解消されないのです。

区分所有法改正で、当然承継を定めて、全国一律に適用した方が国民に大きな利益があります。

(*1) 令和5年度マンション総合調査によると、マンション標準管理規約について「全く知らない」が30.1%、「名前ぐらいは聞いたことがある」が30.9%と、ほとんど普及していないことが判ります。
また、「令和3年度改訂後の標準管理規約に概ね準拠している」が35.9%で、約3分2程度の管理組合では標準管理規約に即応していないことが判ります。

(*2) 国交省「既存住宅販売量指数」によると、2015年以降の9年間で見ても、既存マンションは毎年13.5~16万戸、合計132万戸が転売されており、マンション戸数が700万戸であると仮定しても、単純計算で実に20%近くが転売されています。

あるべき法改正の内容

以上のとおり、現在の区分所有者だけで補修費全額を請求できる当然承継説は、共用部分の欠陥を100%補修するための最も妥当な考え方であり、区分所有法における共用部分の考え方ともマッチしています。
実は、特別な法改正などしなくとも、当然承継説は現在の区分所有法の解釈として十分に成り立つと考えられますが、東京地裁のように誤った解釈がされないよう、念のため法改正をしておくことが望ましいと言えます。

具体的にどのような改正をすればよいかは、P1でも記載した下記「あるべき法改正」をご覧ください。
この
改正案は、日弁連の2023年5月11日付意見書(11~12頁)にも沿ったものです。

15条1項の「共有者の持分」に「共用部分について生じた損害賠償金」を含むように定めれば、当然承継が確認されます。
19条2項は、管理者による一括請求(一元的行使)を確認するものです。
19条3項は、得られた賠償金について分割請求の禁止を確認するものです。
そして、附則で、以上の改正内容が既にある全国のマンションに適用されることも念のため確認します。

おわりに

今般提出された改正法案は、法制審議会の議論に基づくものですが、法制審議会の審議は民法学者が中心だったため、民法の伝統的な考え方にこだわり、結局、そこから抜け出せませんでした。
区分所有マンションの実態も欠陥マンション訴訟の実務も知らずに、机上論だけで考えるから、このような改正法案になってしまったのです。

国会議員の先生方やメディアのみなさまには、全国に数万棟・700万戸以上あるマンションが置かれている現状を直視して、欠陥マンションの補修が100%実現できる正しい改正がなされるようにご理解をいただきたいと思います。

【本原稿は、2025年4月3日参議院議員会館で開催した欠陥住宅全国ネット主催の院内集会における神崎の基調報告を元に加筆したものです】